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      <title>アートディレクター篠原英智の「バッドチューニングデザイン」</title>
      <link>http://zap.co.jp/blog/</link>
      <description>心の琴線に触れるデザインとは、どこかバッドチューニングなもの。
デザインのネタを綴った、デザインエッセイ。</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
      <lastBuildDate>Thu, 22 Jul 2010 23:56:27 +0900</lastBuildDate>
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         <title>暑い！</title>
         <description><![CDATA[とにかく、暑いっす！なんですか、今年の東京の暑さは。一日中、外出して会社に戻ってくると、なんだか頭がぼーとする。ちょっと、ソファで横になっているとアザラシになった夢を見た。
<BA>
<BA>
<img alt="100722_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100722_01.jpg" width="600" height="450" />
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<BA>
スイスイと透明の海の中を颯爽と泳ぐ姿はとても素敵だ。実は、僕はあまり海が好きではないのです。なぜかって、海には魔物がいるような気がするから。足がつかないところが嫌いです。なんか、足を引っ張られるような気がするんだよね。
<BA>
<BA>
だけど、アザラシのように優雅に泳いでみたい。ス〜イスイと。真夏の太陽を海の中まで浴びて、きらめく水の中を泳いでいる。きっと、海の上は暑いけど、海底は涼しいに違いない。光が海底まで差し込んでくるとこが、開放的な感じがしていい。この陽射しがなかったら、とっても寂しい気持ちになっていたに違いない。
<BA>
<BA>
人間社会のように摩擦がなく優雅に見える。気の向くままに行きたいところに行くに違いない。それにしてもなぜ、人間社会は摩擦が多いのでしょう。誰もが自分が正しいと思っている。自分を正当化しようとするから反論する。もっと、水の流れに身を任せてみてはどうだろう？
<BA>
<BA>
そんなことを空想していたら、電話がなって目が覚めた。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">写真</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 22 Jul 2010 23:56:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>素描No.006</title>
         <description><![CDATA[こつこつと描くこと、やっと6点目の作品です。
<BA>
<BA>
<img alt="100707_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100707_01.jpg" width="600" height="450" />
<BA>
<BA>
札幌郊外で見つけた、トラクターを描いてみた。この素描シリーズは、仕事と違って、コンセプトだのプレゼン戦略だの考えなくていいのです。だから、描きたい時に描きたいものを描く。ただ、それだけ。でも、絵というのは潜在意識の表れなので、きっと心の奥底で何かがふつふつと芽生えているのでしょう？
<BA>
<BA>
それは、何なのかを考えてみると僕が10代の時に読んだ、五木寛之の「青年は荒野を目指す」という小説に影響を受けているのかもしれない。親のレールに敷かれて人生を歩むことに疑問を感じた青年は、本物のジャズプレーヤーを目指して、トランペットを片手に世界を旅する。その珍道中で出合った出来事は、平々凡々と日々を過ごす若者とは違って、お金では買えない多くのものを手入れることになる。
<BA>
<BA>
喜びもあれば、居たたまれない悲しみもあり、傷つくこともあったりする。人種や国境を超えると様々な価値観に出合う。そんな中で、多感な青年は人生の深みを増していき、音楽の表現に生かされていく。（ああ、また悪い癖で分析し始めている。職業病だね）
<BA>
<BA>
この素描シリーズは、荒野に無人化されたサイロだったり、廃墟だったり、荒々しい風景の中に開拓民の逞しさを感じ取ってもらえればと思い描き出した。いや、描いているうちに『自分にそう言い聞かせた』と言った方が正確かもしれない。若い時は、表現テクニックに走っていたけど、今は視覚的に飛び込んできたことは、人生というフィルターを通して感じ取ることができるようになってきた。
<BA>
<BA>
このトラクターを見て、まだまだこれからの人生、開拓していけると思えてきた。つまらない大人になんかなりたくない。いつまでも荒野を目指す青年でありたい。そんなことを想う毎日です。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">素描</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 07 Jul 2010 13:45:46 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>プチトレビの泉</title>
         <description><![CDATA[後楽園の駅の裏に礫川公園というところがある。小さな公園だけど、駅を出てすぐ、憩いの広場となっている。そこには、小さな泉があってちょっとしたトレビの泉みたいです。
<BA>
<BA>
<img alt="100620_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100620_01.jpg" width="600" height="450" />
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<BA>
ローマのトレビの泉では、背を向けてコインを投げ込めばローマ再訪がかなうと言われており、もう一度コインを投げればどんな願いもかなうと言われている。僕が、10年以上前にローマを訪れた時は、仕事に追われ将来の夢が何であるかさえわからなくがむしゃらに働いているときだった。
<BA>
<BA>
だから、「その時の目先の仕事がうまくいくように」という小さな願い事くらいしか思いつかなかった。今なら、もっとお願いしたいことがある。大きな夢に向って、信じる仲間と動き出した。今すぐ、ローマに行くことはできないけど、身近にあるプチトレビの泉にお願いに行ってきた。
<BA>
<BA>
「願いは必ず実現する」という法則を信じて未来を思い描くしかない。この3年間、なんだか目先真っ暗な中を手探りでもがいていたようだけど、遠くの方に小さな光を見つけ、やっと出口に向い始めたようだ。
<BA>
<BA>
ただ、それは出口を見つけたにすぎない。その出口が正しいのか過ちなのかここから出てみないとわからない。正しい出口でありますように。もしも正しい出口だったら、これから全力で目標に向います。どうか願いを叶えてください。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
         <link>http://zap.co.jp/blog/2010/06/post_170.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">写真</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 20 Jun 2010 20:24:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>自然の造形物</title>
         <description><![CDATA[北国の湿原で美しい葉っぱを見つけた。これは、バイケイソウと言って、ユリ科の多年草で湿原に自生する。山菜のオオバボウシやギョウジャニンニクと似ているため、誤って食べて中毒にかかる事例があるそうだ。
<BA>
<BA>
<img alt="100524_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100524_01.jpg" width="600" height="450" />
<BA>
<BA>
そんなことよりもこの鮮やかで美しいグリーンと、美しい曲線。このカーブを自然の力で創り出したというところがすごい。
<BA>
<BA>
<img alt="100524_02.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100524_02.jpg" width="600" height="450" />
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<BA>
住宅メーカーの部長さんと設計士の方にお話を伺ったところ、自然物の中には直線がないという。とても興味深いお話だった。話は弾み、バルセロナにあるガウディのグエル公園、カサ・ミラという集合住宅の話題になった。急速に工業化が進んでいたバルセロナで、ガウディは同じセンスも持っていたグエル伯爵の下で自然と調和を目指した総合芸術を作ろうとした。日常の家具や建築物の多くは、直線でできている。これは、大量生産をするための工業化である。
<BA>
<BA>
やはり、生物が生きていく空間には曲線がもっとも心地良いと思う。虫かごに入った昆虫たちは、直線の空間で息苦しいのかもしれない。もっと、有機曲線を多用した、虫かごがあってもいい。デザインも調和ということを意識していかなければ、パソコン上でよくても調和しないということが出てくる。
<BA>
<BA>
僕のオフィスも曲線だらけにしたら、どうなるのだろう？効率化に慣れてしまった現代人には落ち着かないのかな？
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
         <link>http://zap.co.jp/blog/2010/05/post_169.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">写真</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 25 May 2010 12:12:37 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>札幌のビクトリノックス</title>
         <description><![CDATA[ビクトリノックス　サッポロファクトリー店へ行ってきた。
<BA>
<BA>
<img alt="100513_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100513_01.jpg" width="600" height="450" />
<BA>
<BA>
僕がデザインしたビクトリノックスがどのように売られているのか、銀座店、表参道店へ行ってみたが、すでに完売だった。そこで、サッポロファクトリー店へ行ってみたところ、ここでもすでに完売。たまたま、一個持って行っていたので「店頭に置いた雰囲気を写真に撮らせてほしい」と言ったところ、僕のブログを見ていてくれたようで店員さんは大喜びしてくれた。僕も調子に乗って、一緒に記念撮影を撮らせてもらった。
<BA>
<BA>
<img alt="100513_02.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100513_02.jpg" width="600" height="450" />
<BA>
<BA>
そのうち、接客中の店長の糸賀さんがやってきて、これまた大袈裟に驚いていただき、僕はちょっといい気持ち。3人で記念撮影を撮った。この両脇の二人、ただものじゃない。エンターテイメント性では、完全に負けた。僕は、咄嗟のことでポーズを取ることを忘れてしまっていた。ツイッターにつぶやくこともすっかり忘れていた。
<BA>
<BA>
<img alt="100513_03.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100513_03.jpg" width="600" height="450" />
<BA>
<BA>
どうも、僕はセルフプロモーションが苦手のようである。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
         <link>http://zap.co.jp/blog/2010/05/post_168.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">デザイン</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 13 May 2010 22:22:27 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>旅立つ</title>
         <description><![CDATA[綿毛になったタンポポを見つけた。
<BA>
<BA>
<img alt="100420_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100420_01.jpg" width="600" height="450" />
<BA>
<BA>
そろそろ、旅立つ季節がやってきた。花言葉は「真実の愛」ということだ。子供の頃、綿毛のタンポポにふ〜っと息を吹きかけ種を飛ばして遊んだ。まあ〜るく繊細で柔らかい球体はふわっと、一瞬コマ送りのように分解され飛んでいく。この瞬間がなんとも心地良かった。
<BA>
<BA>
子供の頃、まだ子供だった頃、子供らしい遊びをした。今と違って文明的な遊びなどなかったけど、近所の子供達と野原を飛び回り綿毛のタンポポを見つけて吹き飛ばした。
<BA>
<BA>
きっと、綿毛のタンポポも旅立ちたくてうずうずしていたに違いない。子供らしい子供がいたから、お陰で多くのタンポポは飛んで行けた。今でも風が吹けば飛んで行くのかもしれないけれど、子供達に後押しされて飛んで行く種は真実の愛を求めて旅に出る。
<BA>
<BA>
そして、今まで違った環境で新しい生活が始まる。別れもあれば出会いもある。そんな季節である。32年前のこの季節、僕も東京で新しい生活が始まった。都会の見るもの触れるもの全てが刺激的だった。この綿毛の種のように風に飛ばされて、北国の小さな町からふわふわと東京に辿り着き、根を下ろした一人である。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
         <link>http://zap.co.jp/blog/2010/04/post_167.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">写真</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 26 Apr 2010 22:27:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>雑音</title>
         <description><![CDATA[渋谷を歩いていて見つけた、工事中の騒音と壁。
<BA>
<BA>
<img alt="100415_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100415_01.jpg" width="600" height="450" />
<BA>
<BA>
計算してこういうリズムができたとは思えないけど、工事現場の騒音とともにこの壁にも雑音を感じる。
<BA>
<BA>
そこへ、マジックやスプレーで描かれたノイズ。誰が描いたのかしれないけど、ほんとに傍迷惑なことである。こんな所に描かなくてももっと描くところはあるはずなのに。
<BA>
<BA>
よく見ると、ヘタウマとも違う、なんとも言いがたい気合いのない線のタッチ。毎日だらだら生きている気怠さを感じる。線は、自分自身を表す。ペン一本で絵を描いたり、文字を書いたりするとその人の人柄が出る。
<BA>
<BA>
特に人物を描くと本人のどこかに似てくるから怖い。フォルムが似てくるということではない。内面を表すとでもいうのだろうか？
<BA>
<BA>
誰もいないときにこっそりと描いて、スリルを味わっているのかもしれないけど、自分の形跡を残しているんだよね。なんだか、犬のおしっこみたい。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
         <link>http://zap.co.jp/blog/2010/04/post_166.html</link>
         <guid>http://zap.co.jp/blog/2010/04/post_166.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">写真</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 15 Apr 2010 22:28:18 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>コンポジション010</title>
         <description><![CDATA[点が集まり線になり、線が集まり面になる。すみません、この話、今回で一旦終了しますから。
<BA>
<BA>
<img alt="100406_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100406_01.jpg" width="600" height="600" />
<BA>
<BA>
点で集まった線を平行移動していくと、面になる。すごいと思いませんか？最初は、あの小さな点だったのに集合体になるとこんな広い面になる。さらに、面が集まると立方体になるのでしょうね。
<BA>
<BA>
集団のパワーというのは、こんなイメージなのかもしれない。一人の力では限界があるけれど、同じ夢を分かち合える仲間が集まったらすごいパワーになると思う。僕が、次に考えているプロジェクトはそんな感じ。最初は、個人の思いから始まる。それが、ある人に話すと賛同してくれて、さらに別な仲間を引き連れてくる。
<BA>
<BA>
どんどん、その夢が伝播して大きくなり、やがて夢が現実となる。それが、パワー。でも、最初に熱い思いがなければたとえ多くの人が集まったところで、同じ価値観を共有することもなく、ただの群衆になってします。
<BA>
<BA>
やはり、大きな組織であっても魅力的な商品やサービスを生み出す企業というのは、創業者の思いをずっと引き継いでいるということにつきる。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
         <link>http://zap.co.jp/blog/2010/04/010.html</link>
         <guid>http://zap.co.jp/blog/2010/04/010.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コンポジション</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 06 Apr 2010 22:29:25 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>コンポジション009</title>
         <description><![CDATA[点が集まると線になる。ひとつひとつは小さな点かもしれないけれど、みんなで手を取り合いつながれば一本の線になる。
<BA>
<BA>
<img alt="100405_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100405_01.jpg" width="600" height="600" />
<BA>
<BA>
人間関係もそうだけど、一人よりも二人。二人よりも三人と仲間が増えていくとつながりができて楽しいよね。目指すべき方向が決まり、何かを成し遂げようとする時、点と点がつながり線になる。
<BA>
<BA>
何か目標を持って突き進んでいる時、途中のつながりが認識できないけれど、それがどんどん伸びて線になっていくことがある。点ひとつの力は小さい。つながれば大きなこと可能性が生まれる。
<BA>
<BA>
そうだ、線というのは点の集まりなのだ。縦横無尽に駆け抜ける線。今の慌ただしい世の中みたいに駆け巡る。レーザービームのように真っすぐとどこまでも続く。線の果てはどこにあるのか？必ず、スタート地点があればゴール地点がある。
<BA>
<BA>
ゴールに辿り着けば、またスタート地点に点を置き出発する。すると線が集まって今度は面になる。新しいプロジェクトの始まりみたいだ。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
         <link>http://zap.co.jp/blog/2010/04/009.html</link>
         <guid>http://zap.co.jp/blog/2010/04/009.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コンポジション</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Apr 2010 22:54:06 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>コンポジション008</title>
         <description><![CDATA[二つのよりよい関係は、相互扶助の関係となる。
<BA>
<BA>
<img alt="100404_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100404_01.jpg" width="600" height="600" />
<BA>
<BA>
自分の徳より、他人の徳を優先することで自らの幸せを勝ち取るというもの。
<BA>
<BA>
今話題の「フリー」という本の中にクロポトキン「相互扶助論」というのがある。ある意味で、今日のインターネットもリンク経済と言っている。リンク経済とは、人々がウェブにメッセージを書いてお互いにリンクを張り、受け手にトラフィックや評判をもたらすもの。
<BA>
<BA>
進んで他人を助けることで相手も同様にふるまうようになる。「原始社会」はそのように動いていたというのだ。現代の贈与経済は市場経済よりも、人間の自然の状態に近いということだ。
<BA>
<BA>
しかし、これらを実践しようとしてあらゆる規模で失敗したらしい。集団の人数が150人を超えると相互扶助を監視する社会的絆がゆるみはじめるのが主な原因だった。150人という数字は「ダンバー数」と呼ばれて、人間のコミュニティで各メンバ−が強い絆で結ばれたままでいられる構成員の上限数だ。
<BA>
<BA>
僕は、相互扶助という関係が成り立つのは、一対一の人間関係においてだと思う。AさんとBさんの関係がお互いにメリットがある場合に成り立つ。子供のお遊びではないのだから、なんらかの相互扶助が成り立たないと人間関係は難しい。それが、与えるものが物だとして、返ってくるモノが精神的な支えだとしてもいい。AさんはCさんとまたは、Dさんと、というようにそれが膨らんでいくだけなのではないだろうか？
 <BA>
<BA>
いずれにしてもあまり他人に干渉しすぎるのもうっとうしくなるし、関心を持たれなくなるのも孤独感を味わう。仕事も家庭も友情も相互扶助の関係があるからこそうまくいく。この二つの点のように適度な距離がいい。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
         <link>http://zap.co.jp/blog/2010/04/008.html</link>
         <guid>http://zap.co.jp/blog/2010/04/008.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コンポジション</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 04 Apr 2010 19:09:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>コンポジション007</title>
         <description><![CDATA[何かに集中しなければならない時、この一点を見つめると集中力が高まる。
<BA>
<BA>
<img alt="100403_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100403_01.jpg" width="600" height="600" />
<BA>
<BA>
ど真ん中にある、ただの黒い点。これを両目で瞬きをせず、一分間見つめる。そうすると、黒点の周りが白く光ってくるように見える。皆既日食のようだ。
<BA>
<BA>
これに丹田式呼吸を組み合わせるともっと集中力が高まる。丹田とは、下腹部のこと。椅子に軽く腰掛け、両手を重ねて下腹部の丹田にあてる。
<BA>
<BA>
背筋を伸ばしてあごを引き、鼻から息を1、2、3、と数えながら吸う。次に1、2、3、4、5、6、7と数えながら鼻から息を吐く。
<BA>
<BA>
これを繰り返していくと生命のエネルギーが湧いてくる。だんだん、体からエンルギーが放射していくような気分になる。それがα波である。この丹田は、生命エネルギーをつかさどる場所で別名チャクラという。
<BA>
<BA>
何かを成し遂げようとしている人はぜひやってみてください。
<BA>
<BA>
<BA>
<BA>]]></description>
         <link>http://zap.co.jp/blog/2010/04/007.html</link>
         <guid>http://zap.co.jp/blog/2010/04/007.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">コンポジション</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 03 Apr 2010 23:56:42 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>コンポジション006</title>
         <description><![CDATA[ひとつバランスが崩れると、ガラガラガラッと音をたてて崩れ落ちていく。そんなことって、ないだろうか？上の部分が重くて、下が小さなものが支えているときはそんな感じである。
<BA>
<BA>
<img alt="100402_01.jpg" src="http://zap.co.jp/blog/100402_01.jpg" width="600" height="600" />
<BA>
<BA>
僕がまだ18才の頃、夏休みに札幌へ帰省して、家具店のバイトをしたことを思い出した。配送センターから次々と大きな家具をトラックに積み込んで、運転手さんと一緒に助手席に乗ってお客さんのところへ運びに行く仕事。お客さんのところへ着いたら、トラックの荷台の扉を開けて大きな家具を担ぎ込む。
<BA>
<BA>
僕は、いつも職人のおじさんのサポート役だったけど、ある日、「おい、小僧。やってみるか？」と言われて、僕は調子に乗って「はいっ！」と言ってしまった。
<BA>
<BA>
倉庫で、おじさん達が大きなタンスを一旦、膝の上に乗せ、それをひょいっと肩に担ぐのを見ていた。タンスが大き過ぎておじさんの体が小さく見えたけど、タンスの重心の下に体を入れると支柱の役割になり意外と安定することに気付いた。
<BA>
<BA>
そのイメージを現場でやってみた。担げた。それを玄関まで運ぶ。庭の砂利に足をすくわれ、「あっ！」と思った時には遅かった。後ろへ重心が移動したら、もう堪えられなくなり、『ああ、この世の終わりだ』と思った。その時、一緒に同行していたドライバーのおじさんが、ぱっと片手でおさえてくれた。
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そうりゃそうだよね。こんな小僧に責任取らせるわけにはいかない。現場の責任者として見ていてくれたんだ。後ろを振り向くとおじさんはニコッと笑って、「あぶね〜、あぶね〜」と言った。そこの家のおばさん、僕に5,000円のチップをくれた。僕は、困っておじさんに目で訴えかけた。そうしたら、「小僧、もらっておけ！」と言ってくれた。
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そんなバランスを崩した瞬間を表現してみた。
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         <pubDate>Fri, 02 Apr 2010 22:36:16 +0900</pubDate>
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         <title>コンポジション005</title>
         <description><![CDATA[この季節は、身も心も不安定なう。桜は咲き、新年度が始まるというのになぜか毎年焦る。
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何に焦るのかというと、現状に満足できない自分に焦るのである。何か重荷を背負っているようで不安定な感じ。生きていくって大変だね。楽しいこともあるけど、背負っているものも大きい。主と従の関係が崩れて逆転したり、世の中が激変したり、今年は何かが変わっていきそう。
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そんなことを考えるのは、大げさなことだろうか？桜の華やかさと裏腹に何かが重い。このコンポジションでは、一番小さな点が僕であり、上に乗っかっている2つの点が人生である。ちょっとでも、足元のバランスが崩れるともう支えきれなくなる。
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もっと、軽やかにもっとしなやかに生きたい。それは、大人として我がままなことなのだろうか？大人というものは、多少嫌なことを我慢して生きていくところがある。僕は、それに耐えられない。結構、自分の好き勝手に生きてきた方かもしれない。
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いつか、この大小の点が逆転することを願って、新しいことにチャレンジしていこう！
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         <pubDate>Thu, 01 Apr 2010 15:43:00 +0900</pubDate>
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         <title>コンポジション004</title>
         <description><![CDATA[躍動感を点で表現してみた。昨日の「安定」を上下に移動させていくと、動きのある構成になる。
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ピンポン玉を上から無造作に落として、ポ〜ン、ポ〜ンと跳ねている感じ。気分が昂揚しているときなどは、こんな気持ちではないだろうか？ちょうど、今頃、東京では桜が咲き、まだ寒いけれど春の訪れが気持ちを軽やかにする。
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僕は単純な方なので何かいいいことがあると、思わず鼻歌まじりにスキップなんかしてしまうと、はっ！と我に返り辺りを見回すことがある。
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クールでダンディだと思われているから、そんな軽さを見せるわけにはいかない。子供は、いいよね。無邪気に飛び跳ねていて。そうだ、若さの秘訣って嬉しいことを素直に心から「うれしいーーーーっ！」と喜べることではないだろうか？
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大人になってくると、それがあまりできなくなってくる。僕は、歩いていてiPhoneでツイッターなんか見ていると、可笑しくて一人でニヤニヤしてしまうことがある。もっと、心の底から大笑いしたいくらい。
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それが、できないのが大人。イメージというものがあるからね。でも、心の中はこんな感じで軽やかになることもある。
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         <pubDate>Wed, 31 Mar 2010 21:25:21 +0900</pubDate>
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         <title>コンポジション003</title>
         <description><![CDATA[月末の仕事を今日までにかたづけた。これで明日は少し楽になる。
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そんな気持ちを点で表現してみた。テーマは、「安定」。特に大きな動きもなく安定した気持ち。こんな時は、普段できないことをする。幸せな未来を思い描いてみる。青空に浮かぶ雲のような気分になってみた。気持ちが軽やかになり、浮遊している。昨日まで、心臓の鼓動が激しくエネルギーが拡散していったのに、今日は安定してきた。
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中間に浮かぶ、点の集合体は横に列をなして漂っている。体が宙を浮いて、少しずつ流れに任せて漂っているようだ。
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嵐の前の静けさとでもいうのだろうか？大小の点は静寂とも違い、上下にゆっくりと動いている感じだ。ゆったりとしたリズムを刻んで速度は、Adagio（アダージョ）である。
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スンタリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」で、宇宙へ向う無重力状態の宇宙船の中で、ふわふわ浮遊しているあのシーンを思い出す。ヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」が聴こえてきそうだ。
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         <pubDate>Tue, 30 Mar 2010 22:38:11 +0900</pubDate>
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