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弱さはつねに過激である

2008年11月12日

スチール製のフォンタナの絵を見つけた。


081112_01.jpg


フォンタナといえば、白いキョンバスをナイフ切り裂いた、究極のミニマムアートが有名だ。ナイフという、一歩間違えば人の命さえ奪ってしまう凶器に、切り裂かれた白いキャンバスはどこか繊細で脆さを感じてしまう。ナイフを振りかざす時に、スッという音が聞こえてくるようでもある。


それに較べ、この絵は鉄板を鋼鉄のナイフで切り裂いた痛々しい絵である。本当は、ナイフという凶器を美化した白いキャンバスよりも、この鉄板を切り裂いた表現の方が、人間の本来持っている原始の感覚をうまく表しているのではないだろう?


この絵と対峙した時、顔で笑っていても自分の内面を見透かされたような感覚におそわれた。「人のためだ、世のためだ」といっていながら、実はジェラシーで、はらわたが煮えくり返りそうな時がある。


フォンタナが目指したのは、原初の人間がもつ不可解な感覚である。何か自分では理解不可能なことに直面した時、音楽的な感覚、リズムの感覚、それらの条件を発展させていくことが目的だそうである。


現代社会においても頭では分かっているけど、心の底からメラメラゴーーーー、と何かに突き動かされることが誰にでもあるに違いない。理性ではなんとか押さえ込もうとしても、どうにもならない。それが太古から持っている人間の感覚なのであろうか。


この絵の切り裂かれた部分は、人間の心臓をえぐり出そうとでもしているはずなのに、どこか感情がリズムとハーモニーを奏でているとでもいいたげな表情だった。僕自身、思慮深い大人のつもりであったが、実は原始の人々となんら変わらない感覚も持ち合わせいる自分に正直驚いた。松岡正剛の「弱さはつねに過激である」という言葉がぴったりである。




投稿者 hidetoshi shinohara : 22:27 | コメント (6)

comment(6)

松岡氏の言葉。すてきですね。
初めて知りました。

投稿者:N.kojima :2008年11月13日 23:20


>N.Kojimaさま

松岡正剛のフラジャイルという本に書いてありました。
言葉の魔力とは、こういうことなんでしょうかね。
なかなか真似のできない表現ですよ。

投稿者:hide★ :2008年11月13日 23:58


絵や写真は、その人の、その時の、
胸の内を表現し、代弁しているように思うことがあります。

フォンタナがこの時、白いキャンバスではなく、
鉄板を切り裂いたのにはどんな溢れる想いがあったのでしょうね。

「弱さはつねに過激である」
すごい言葉ですね。
この過激さがあるからこそ、強くなろうと思えるのかもしれません。

投稿者:fumix :2008年11月24日 21:17


>fumixさま

絵や写真は、心の風景とでもいうのしょうかね。
その時、精神状態が左右されますよね。
白いキャンバスは、ナイフを入れるとすっと
切れるけど、鉄板は金属音が聞こえてきそうなくらい
悲壮感が漂ってきます。

心臓をえぐられるような絵ですね。

投稿者:hide★ :2008年11月25日 14:37


切り裂かれた絵は初めて見ましたが、自分の心に何か響いたものがありました!
何がと言えば分からないのですが…。心のどこかに引っ掛かる感じです。
「弱さ」と「過激」も正反対で、アンマッチな言葉なのに、繋げるとなぜかピッタリくる感じが私の心を捕らえて離しません!!
なんでたろう…??

投稿者:香明 :2008年12月04日 08:02


>香明さま

人間の心は弱さ故に暴力的になったりするものですよね。
本当の強さは、暴力を使わないこと。
弱いものを攻撃しないことだと思います。

強さは、感情をコントロールすることでもあり、
他人を思いやることでもあると思います。
でも、なかなかそれができないのが人間なのかもしれませんね。

投稿者:hide★ :2008年12月05日 02:21





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