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バッドチューニング

2006年08月03日

世界のみなさん、こんにちは。ブログ始めました。
初回は、このブログタイトルのバッドチューニングについて。
70年代の最後の年、僕が北海道から上京してまだ20才になるかならないかという時、中野のボロアパートでデザインの勉強をしていたら、ラジオのFM東京から糸井重里さんの番組が流れてきた。

当時、糸井さんはコピーライターという職業をそれまでのクリエーターぶった偉そうなスペシャリストではなく、大衆の視線で物事を語るというところが新しかった。日常のくだらない出来事を独自の視点で、真剣に語るということを公共の電波を利用しておもしろおかしく語っていた。

ある日曜日の昼下がり、その番組でRCサクセションをゲストにローリング・ストーンズのことを語っていた。忌野清志郎さんが、糸井さんの作詞で当時大ヒットしていた「恋のバッドチューニング」について話題を振った。二人は、ストーンズのギタリスト、キース・リチャーズのことを語り始めた。

キースは、ライブ直前に楽屋裏でクルー達がばっちしチューニングを合わせたギターを無造作に鷲つかみして、壁にギターをゴ〜ンとぶつけるのだそうだ。清志郎さんは、「その微妙に狂ったバッドチューニングが、不協和音を出して荒々しいロックの歪みサウンドを生み出すんだよね〜」と語ると糸井さんは、「そうそう、結局、魅力的なものは完璧というよりもちょっとチューニングが狂っている位がかっこいいのよ。恋も完璧な人よりもちょっと駄目な人間に惹かれるということがあるじゃない」ということを言っていたと思う。

僕は、その話を聞いて自分がこだわってきた、デッサン力がどうだとか、黄金分割がどうだとか、ミリ単位でデザインするということが一体なんだったんだろうと思った。実は、そのころ、密かにギタリストになる夢も捨てきれず、貧乏学生の身分だったけど3度の食事よりもレコードにお金を注ぎ込んでいた。プロになるには、ありとあらゆる音楽を吸収したいと様々なジャンルの音楽を聞いていた。最初は、ロックやブルースが好きだったが、いつの間にかテクニック重視のジャズ、クロスオーバー、フュージョンという音楽を好きになることが大人だと思い込んでいたのだ。

ところが、そのFM番組を聞いて以来、僕の全ての価値基準が木っ端微塵に吹き飛び、自分が直感的に良いと思ったものを信じても良いのだということを知った。その後、何年も後にベーシックなことがしっかりと身に付いてからのバッドチューニングだということを思い知らされる。


そんな僕自身も良くも悪くもバットチューニングなのだと思うことにしよう。



投稿者 hidetoshi shinohara : 13:43

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